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西郷局(お愛の方)ゆかりの地

  • 執筆者の写真: Yuuki Koide
    Yuuki Koide
  • 9月12日
  • 読了時間: 2分

現在、菊川市中内田の応声教院では、国指定重要文化財に指定されている山門の修復工事が行われています。(令和9年12月工事完了予定)


応声教院山門は、静岡市葵区常盤町の宝台院様から大正時代に譲り受けたものですが、宝台院は徳川家康公の側室 西郷局(さいごうのつぼね)の菩提寺として、駿府城下の一角に威風堂々と佇んでいました。江戸時代の宝台院は徳川家菩提寺として紫衣の許しを受けていました。大河ドラマにも出てくる西郷局に縁がある山門が菊川市にあると知ると、思いがけない歴史の繋がりに驚かされます😲


さて、応声教院から10kmほど北には、西郷局の生まれ故郷となる掛川市上西郷構江地区があります。上西郷の法泉寺は西郷局の父親 戸塚五郎太夫忠春の菩提寺となります。戸塚家子孫がまとめた資料によると、横地太郎家永の子孫 横地太郎長重の子 勝間田平三郎成長が勝間田氏を継ぎ、子の勝間田七郎正重が戸塚村を領し、戸塚を称したのが始まりのようです。


さわやかな秋風に誘われて、お出かけが楽しい季節になりました。歴史散策にもぴったりのこの時期、東遠にある西郷局ゆかりの地に訪れてはいかがでしょうか😊


曹渓山 法泉寺 (曹洞宗 静岡県掛川市上西郷5076)


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遠江国佐野郡上西郷村の戸塚五郎太夫忠春と三河五本松城主 西郷弾正左衛門正勝の娘(貞宗院)が結婚し、永禄4年(1561)、西郷局が生まれました。忠春は今川方の武将として刈谷川の一戦で討死。家康公はその死を悼み、陣中で「西月友船大禅定門」の位牌を小刀で彫りました。忠春の次男が法泉寺七世心翁永伝和尚で、法泉寺は忠春の菩提寺となります。


護本山 天龍寺 (曹洞宗 東京都新宿区4丁目3-19)


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天龍寺の開基は掛川法泉寺に遡ります。家康公は江戸入城した翌年の天正19年(1591)、法泉寺を江戸に移し、寺名も天竜川にちなんで天龍寺とあらため、お愛の方と父忠春を供養する菩提寺としました。最初の寺院は牛込納戸町にあり、江戸城表鬼門鎮護の上野寛永寺に対し、天龍寺は裏鬼門鎮護の寺だったようです。寺地は3万6千坪、寺格は十万石の高い格式が与えられたそうです。天和3年の大火で焼失し、現在の場所に移転したようで、新宿御苑の近くにあります。


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